2013年1月12日土曜日

場所の記憶

しばらく、寒さがおだやかになっていたが、ここ数日、また寒くなった。
あと、乾燥するんだ、ということをこの頃になってようやく実感するようになった。
いかに何も気にしないで生きて来たか、ということだけど。
水分が奪われるのはやっぱり、良くないらしい。
ということで、加湿器をつけて、水分補給も心がけている。

金沢では逆だった。冬は湿気が強くてほとんどの家では除湿器をつけている。
壁もびしょびしょになる。

今日は土曜日の絵画クラス。
どんな時間になるだろうか。
絵具を作りながら、ワクワクしてくる。
何年経ってもこの感覚は変わらない。

仕事部屋の窓からは庭の木が一番近くで見える。
緑の間からやさしい光が射している。

心地よい場所に対しては様々なイメージがある。
誰しもがほっと出来る場所を求めていると思う。

ダウンズタウンのイメージに繋がる本を、待ち合い室に置いてみたが、
いがいとカフェ関連が多くなってしまった。
でも、カフェって結構大事だと思う。
ある田舎でも、そのカフェ一軒あることで、遠くまでわざわざ人が来る。
そういう場所がいくつかある。

人には立ち止まる時間や、自分を整理し、経験や考えを纏める時間が必要だ。
さらには時には、何もかも忘れて、ただあるだけの自分に立ち返る時間も必要だ。
居心地の良い場所にいると、ただ、穏やかな時間だけが流れていく。
何もしないということも大切な何かだ。
そこから、見えてくるもの、見つかるものはたくさんある。

東京にはカフェや喫茶店は無数にあるけど、良い場所は少ない。
僕にとって原体験となるのは、金沢での日々だ。
かつては金沢には喫茶店があふれていた。
こんなにあって使う人いるの?とおもうほど。
その中で僕達があこがれの大人の場所として、記憶に残っている数軒がある。
珍しく実名で書く。
「ぼたん」「オーレ」「しばふ」「ローレンス」。
他にも個性的なのがあったけど思い出せない。
この中で現存するのはローレンスだけだ。少し雰囲気は変わってしまったけど。

時代は変わり、良い店もどんどんなくなっていく。

金沢で喫茶店が消えていったとき、
自分のいる場所がなくなっていくように感じたものだ。

その後は金沢にいても、旅に出たりした。
能登半島の先端にいってみたり。
ずっとむこうに韓国やロシアがある。
波の音。青黒い海。

海、と言えば、三重での夏合宿を思いす。
やっぱり日本海と太平洋は全く違う。
どこまでも広い、果てしない海、というのは太平洋だ。
波も穏やかで、激しくない。
黒くない。本当に青い。
大王崎の景色は美しい。
波の音を聴いて、潮の香りを嗅いでいたら、そのまま自分の場所に帰っている。

前に書いたが怒濤の様な川の音も耳に残っている。
視覚の記憶より、音の記憶や、匂いの記憶の方が強く影響を残す様な気がする。

さて、日々のアトリエも一人一人の身体の記憶に残っていくものにしていきたい。

書いている人

アトリエ・エレマン・プレザン東京を佐藤よし子と 夫婦で運営。 多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員。