2013年3月3日日曜日

本当のもの

最近、ますます頭の中がからっぽだ。
こういう状態は一般的な認識と違って、僕らにとっては良いことだ。
制作の場でも他の部分でも考えに支配されてはならない。

毎日のアトリエもある意味でどんどん良くなっている。

いつも、ゆうたのことが頭にうかぶ。
ゆうたが幸せでいてくれたら、あとは何もいらない。
これからは、ゆうたがどう育ってくれるか、彼の心に何を残せるのか、
そこに賭けていかなければ、と思う。

ここしばらく、何度かメキシコ料理を作ってみた。
まだベストの味は出せていないが、回を重ねるうちに美味しくなっている。

こうして毎年、作家たちと笑いながら季節が変わっていく。
暖かくなれば、また、見えるもの感じるものも変わってくる。

春のアトリエ、夏のアトリエ、秋のアトリエ、冬のアトリエ。
すべてが身体の中に、細胞の奥深くへ入っていく。

一瞬が永遠であるということが比喩ではなく分かる時がある。
どの瞬間も僕の中では生き続けているし、今もある。
本当に美しい場面は、美しい絵と一緒でなくなることはない。


東京のアトリエに来る人達も様々だ。
福祉や教育関係の人達。絵画や芸術表現に関わる人達。
関心にも多様なレベルがある。
作品を見たいと思う人、制作の場を見学したいと思う人、
作家たちに会ってみたいという人、ただ僕と会って話したいという人。
色々だ。
でも、最近は実は一番多いのは、本当の生き方を探している若い人達だ。

僕はずっと場を通して見てきたし、生きてきた。
場から見たもの、教わったものについてしか知らない。
そんな話でも聞きたがる人達がいる。
これまでは、一番深いところまでは言わないようにしてきた。
最後のところにあるものを、見ることが出来る人は実は限られていると思っている。
それに、そんなことを望む人もそう多くはない。
僕が教えても、それはきっかけにすぎないことを理解してほしい。
本当に見るのは自分しかいないのだから。
お話ではなくて、その世界を実際に経験しなければ意味はない。
そこへ行けるのは自分だけだ。
行くかどうかは、自分で決めることだ。
進む以上は後悔しない。自分で決めたことは全部、自分で責任をとる。
その厳しいルールを守れば、世界が何かを見せてくれるだろう。

このささやかな場からでも、人間の本質や世界の根源が見えるのだから、
どんな場所で何をしていようと、
その行為を真剣に謙虚に続けていけば、必ず辿り着くはずだ。

最後には本当のものが見えてくる。
それを見るために僕達は生きているのだろう。

だから、何が見えるの、どんなことが分かるの、と聞いて学ぶことも良いけど、
最後は自分で見るということだ。
そこまで行くのも、見るのも自分なのだから。

そして最後は、「ああ、きれいだねえ」「本当に素晴らしいねえ」と、
美しいなあ、世界も命も、ありがとう、と、
そんな風になれたらいいね。

書いている人

アトリエ・エレマン・プレザン東京を佐藤よし子と 夫婦で運営。 多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員。