2012年2月22日水曜日

この場に居ない人達

もうすぐ、よし子と悠太が帰って来る。
申し訳ないけど、ほんのちょっとだけ悠太のこと。
最近、送ってくれる写真を見ていると、本当に表情がしっかりしてきた。
顔になったなあという感じ。可愛くて可愛くて今すぐに抱きしめたい。
皮膚に少しアレルギーが出ていて、それだけが心配。
目がすごくいい。自分の子供なんだと思うと不思議な気持ちになる。

一緒に仕事をしていた仲間には、「自分の子供が産まれると、今見てる生徒たちへの愛情は薄れて、やっぱり我が子が一番可愛いって絶対なるよ」と言われてきた。
でも、予想どおりそんなことは全くない。
全く変わらないし、むしろ愛情(愛情だけで出来るものではないが)に関しては、
増していると感じる。
何度も言うが、こころというのは数学ではない。
量が決まっているものでもない。
ここに使っているから、ここの部分は減って行くなんてことはあり得ない。

まあでも、悠太が産まれてこころの変化も確かにある。
正直に告白すると、守ろうとする気持ちが強くなった分、
勢いは落ちているかなと感じる。
昔はなんの躊躇もなかったし、恐れも感じなかった。
今はやっぱり、初めてのことに挑むときは恐れを感じる。
もういいよ、僕はここにいてもう充分幸せだし、と思ってしまう。
ああ、また始めから挑むのかあ、怖いなあ、孤独だなあ、めんどくさいなあと、
感じてしまうことも多くなった。
だって自分の生活、家族、悠太のことだけを考えると、
現状維持に徹して、新しいことをしないのが安全で、安心かも知れないし。
でもでも、そこで恐怖を避け、新しい流れを拒んでしまったら、
もうおしまいなのだ。
僕は現場での力も失うだろう。
目の前で作品に向かう人は、ただ気持ちよく進むだけでなく、
時に自分の避けて来たものと対面したり、
内面の深くへ行くことに恐れや不安、迷い、孤独を経験する。
その時、僕は言わなければならない「大丈夫、もっと行ってみよう。怖くないよ」
その言葉は、自分自身がそこを乗り越える経験を重ねてこそ力を持つ。
そんな言葉が言えなくなってしまう。
自分は逃げているのに、相手には勇気を要求しても、
通じる様な甘いものではない。毎回、言うがこの場ではウソが通用しない。
ごまかせない。だから面白い。
そこで、僕自身もよし、もう一歩飛び込もうとなる。
躊躇もするし、恐れも感じるけど、よし、行くかとなる。
それに、悠太にもその姿は示したい。
逃げる父親ではありたくない。真っすぐに向かって行くところを見せたい。

さて、今回のテーマだけど、本当にこのごろ、
ここに今、居ない人達のことを思っている。
もうじき、イサも東京を離れて行く。
先日はアトリエを手伝ってくれていたミヒロから手紙をもらった。
本当に嬉しかった。
この場に居ないけど、この場を大切に思ってくれている人達がいる。
クリちゃんとも家族のようになれた。
アトリエに少しでもいた人達はみんな、ここを大切に思い続けてくれる。
僕達はそうやってつながっている。
このテーマをたまに出して申し訳ないが、
亡くなった人達も大きな存在感と影響力をもっている。
生徒たちでも、ここ数年でアトリエを離れて行った人達のこと。
自分の選択ではなく、様々な事情で離れざるをえなかった人も多い。
そんな人達の思いが場には残っていく。
僕はよく、居ない人の「意志」を感じる。
もっと言えば、自分の意志なんてほとんどなくて、
自分に残してくれた人、教えてくれた人、見せてくれたひと、
託してくれた人の意志と思いが、僕を動かしている。
だから、最近の若者はやりたいことが無いと言われるが、
実は僕も自分のやりたいことなど無い。
いつも、お前、これをやれ、こうしなさいという声が聞こえるだけだ。
亡くなった人達が増えていくので、自分がしなければならない事も、
どんどん増えていく。
僕がいつも、手を抜けない、中途半端なことは出来ないと思うのは、
一度でもそれをしてしまうと、自分に託してくれた人達に申し訳ないから。
時々、あれ、僕はこんなこと考えないぞ、
とか、そんな見え方しないんだけどなあと不思議に思う時があるが、
気が付く、あああなたかと。
そうやって居ない人の目を通して物事が見えたりする。

今、居る人達のことだけを見てはいけない。
ここでこうしていれるのは、沢山の人の思いがあってこそ。

よく、「今だれだれがいないから、いまのうち」みたいなことを言う人がいるが、
僕の場合は逆だ。
居ない人の方が自分に影響をあたえる。
居ない人の意志の方を大切にしてしまう。

でも、もっともっと強いのは作家たちとの繋がりかも知れない。
一度でもこころの奥深くに一緒に潜った経験があれば、
その繋がりは決して消えることが無い。

自分の中に沢山の人の目を持つことは、自分を豊かにすることでもある。
確かに責任は増えるけど、生きる世界ははるかに豊かになっていく。
僕はこれは幸せなことだなあと思う。
そういう意味でも時にお墓参りもしたほうがいい。

書いている人

アトリエ・エレマン・プレザン東京を佐藤よし子と 夫婦で運営。 多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員。