2012年3月28日水曜日

人間の根源

春です。
今ここにいるのに、何故か懐かしい気持ちになるのが不思議。
この感覚は春になるとよく感じる。
自然食品のお店で、おつとめ品になっている抹茶を買った。
しばらく前に、急に久しぶりに抹茶がのみたいと思って、
どこかに道具があるはずだと、戸棚を開けて探し出した。
茶器なんか、そのへんの食器でいいし、
茶杓もスプーンがあればいい。だいたい分量は分かるから。
となるとお茶と茶筅さえあればいい。
茶筅がみつかったので、乾燥しているから、しばらくお湯に浸す。
自然食品のお店で買った抹茶は、思ったより美味しかった。
やさしい味で、目の前に緑が広がる。
お茶をのむと自然との一体感を感じる。

自分が見てからご紹介しようと思っていたが、
会期が短いので先に書かせていただきます。
ポレポレ東中野で、僕の尊敬する北村皆雄さんの監督した、
「ほかいびと ー伊那の井月ー」が公開されています。
4月6日(金)までなので、機会のある方は是非ご覧下さい。
と言いつつ、僕もまだ見れていません。
仕事とゆうたのことでなかなか時間がとれない。
でも、何とかどこかで時間をつくって、見に行こうと思います。

北村さんが監督されているのだから、良いはず。
北村さんとはそんなにたくさんお会いしたことはないが、
短い時間の中で、たくさんのことを教えて下さった。
長年、映像を通して人間とは何かを追求され、
失われ行く貴重な民族文化を記録し続けて来られた方だが、
僕のような若僧の話も真剣に聞いて下さる。
その謙虚さには頭が下がる。
アトリエにもダウン症の人たちと作品にも関心を寄せて下さり、
アトリエの移転の時にもお祝いしていただいた。

北村さんと何度かお話して、共通のテーマと言えるものは、
やっぱり人間とは何なのか、それも根源にまで行って、
本質を見極めたい、原点を知りたいということだ。
目の前に何かがある。ここに世界がある。僕達が生きている。
というような事実があって、その先をどんどん見てみたいと思う人と、
元はどうだったんだろう、これは何処からきたのだろうと考える人がいる。
勿論、人には両方あるが、どちらかが強い人がいる。
北村さんは人間の根源を見つめずにいられない人なのだろう。

僕はダウン症の人達の中に、人間の原型を感じる。
北村さんのお仕事は民族や文化の中に、それを探ること。
僕が作家たちに感じるのは、民族や文化以前の人間の持つ普遍性だ。

ずっと昔に見た写真。
素っ裸で、土の上で寝転がって、4、5人の男女が抱き合い、じゃれあっている。
人と人、人と自然が、交流している。
彼らの表情はとても素敵だ。
多分、彼らは全身の全細胞で生きている。皮膚の感覚は凄いだろう。
僕はこんな世界に憧れていた。
中学校くらいの時は、ネイティブアメリカンやアボリジニーの写真に見入っていた。
ある時、テレビでアイヌの人達の歴史を紹介していた。
刺青にも衝撃を受けたし、とにかく、様々な地域の先住民の人達が、
かっこ良く見えた。本当の人間の顔をしていると思った。
あの深いシワ。
僕はそういう世界を知りたかった。
今、自分達が生きている世界に決定的に欠けたものがそこにあった。
僕達は何かを失ってしまっている。
それを取り戻したいと思っていた。
自分が歳をとってもあんな顔にはならないと思うと、
この社会で本当の生き方が出来るのだろうかと感じた。
僕は日本の中でまだ本当の生き方をしている人がいるのかと、
探し歩いた。
今思うと、本当に素晴らしい方々が、会って下さった。
職人さんやお坊さん、いろんな生き方をしている人達にお会いした。
紆余曲折はあったが、共働学舎に行って、そこで生きる人達と出会ったことで、
僕は自分の求めて来たものに本当の意味で気が付いた。
始めは原始的な生活に憧れたが、少しづつ、関心は内面に向かった。
原始的、原初的なこころ。知覚や認識の世界。
裸のこころを持っている人達が目の前にいた。
僕はその人達から学び、彼らと一体化するすべを身につけた。
憧れていた世界。知りたい、触れてみたいと感じていた世界を、
かいまみることが出来、その世界の入口に立つことができた。

その後、僕はダウン症の人達に出会った。
ここへ来るためにすべてがあったのだなあと感じる。
人生は本当に不思議だ。
僕がずっと見てみたいと思っていた世界を、
すべて持っている人達が、ここにいて、僕は彼らと接する仕事をしている。

裸で土の上で寝転がっている人達の感覚。
私達はそれを取り戻した時に、初めて幸せをかみしめることが出来る。

大きな大きな世界。ちいさなちいさな、点のような自分。
周囲を無限が包む。
果てしない、広大な永遠に囲まれる。
途方もない崇高さ。
気の遠くなるような空間の広がり。
遥か彼方まで、ひたすらどこまでも、無限と永遠が広がっている。
その中で小さな自分がぽつんとここにいる。
何も知らず、何も持たず、何も出来ない存在として。
ただ、この場に抱かれ、たたずんでいる。
こんな感覚ほど幸福なものはない。

書いている人

アトリエ・エレマン・プレザン東京を佐藤よし子と 夫婦で運営。 多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員。