2012年1月21日土曜日

私達に出来ること

昨日は本当に寒かった。久しぶりの雪。
一日休むことにして、ゆっくり過ごした。
今、パソコンを開くとメールの山。土、日に入ってしまった。
まあ、順番にいこう。

ここからは冬が終わるまで体調管理が大切。

時間がなくてもブログは書くと決めている。
さて、今日も教室前なのであまり時間はない。
そろそろ本題に。

ある時、学生の1人と話していた時、
「どうしてあげたらいいのかな?」と聞かれた。
友達が悩んでいる、苦しんでいるという状況の時だ。
どうしてあげれば、という素直な質問にはっとした。
そうかあ、と。どうすることも出来ないという経験をまだした事が無いのか、と。
「本当に大変な状況にある人には、なんにもしてあげられないよね。
ただ、一緒に居てあげる。それしかないよね。」と答えることしか出来なかった。

でも、僕はこのことを考え抜かなければならない時期があった。
そして、ただ、一緒に居て、その人の気持ちを全身で受け止めようとする事、
それがなにより大切だと思っている。
ただ、一緒に居ることは、本当はかなり力を持つ行為だ。
その確信がなければ、このアトリエでの現場もやっていないかも知れない。

実際のところ、目の前で何も出来ずに苦しんでいる人を見るのはつらい。
僕もそんなことがたくさんあった。
何も出来なかった。してあげられなかった。
自分の力で立ち上がった人もいた。死んでしまった人もいた。
どこかへ行ってしまった人もいた。

本当のことを言うと、人は人を救うことは出来ない。
もし、その人が救われたとしたら、その人自身が立ち直ったということだ。
人は人を変えることは出来ない。
すべてはその人自身にかかっている。

人助けをしたいと思っている人は、このことを深く考える必要がある。

では、何が出来るのか。きっかけを作ることだろう。
その人が救いを見出すきっかけ。

目の前に苦しんでいる人がいる。
私達に何が出来るのか。
本気で、その人と一緒にいる。全部を受け止める覚悟で。
何も出来ないけど、今、分かっている人間がここにいて、
一緒にこうやっている。それを少しづつ実感してもらう。

私達は少しだけ、人のためになれる。
少しだけ何かのためになれる。少しだけ役立つかも知れない。

その時、必要なのは、
実は「なにもしてあげられない」という自覚をしっかり持つこと。
自分の無力さと、目の前にいる人の苦しみを受け止める覚悟。

私達は謙虚にならなければならない。
大きなことが出来ると思ってはいけない。

政治や社会運動が世界を変えることなど出来ない。

私達に出来ることは、謙虚に小さな自分で精一杯、
目の前の人や事物を愛し、一緒になろうとすること。
お互いを認め合うこと。

何かをしてあげるより、出来なくてごめん、でも、今だけでも一緒に居よう、
という気持ちが、どれだけ人のささえになるか。

その人に寄添う。少しでもこころを一つにする。
そういうことが、実は凄い力を持っていたりする。
僕はそういう経験をして来た。
だから、こんな小さな場所で、毎日、人のこころと向き合っている。
そして、たいしたことは出来ないけど、
小さなことなら少しは人に喜んでもらえる。
この小さな喜びが、世界にとってどれだけの価値があるのか。

僕は政治より、1人の人のこころが、一ミリでも動くことの方に、
遥かに大きな価値を見出している。

書いている人

アトリエ・エレマン・プレザン東京を佐藤よし子と 夫婦で運営。 多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員。