2012年1月11日水曜日

上手くいかない時

前回、健康な美しさに目を向けてみようというテーマを書いた。
その一つとして、このアトリエの作品を紹介した。
少しだけ付け加えると、ダウン症の人たちの作品の順応性の高さ。
例えば、私達は展覧会以外でも、様々な環境の中に彼らの作品を置く事がある。
病院や図書館、企業の休憩室等。
それらの環境の中に作品を入れることは、
作品を見に来ること自体が前提になっている、美術館等に展示するのとは、
意味が違ってくる。
まず、第一にその環境には目的があって、その邪魔をしてはいけない。
例えば図書館なら、落ち着いて本を読むことが目的だ。
作品自体に魅力があっても空間とのバランスが悪いものが多い。
ダウン症の人たちの作品がこれまで、様々な環境の中で、
利用する人達から好評をいただいて来たのも、
彼らの作品の明るさ、やわらかさ、健康的な美しさにある。
そして彼らの作品は環境に調和し、その場の空間を活かす力がある。
前回の話でいえば、病院に闇の美では救いが無い。

彼らの作品同士も、お互いを活かし合う。
1人の作家より、何人かで連続で見た方が美しい。
それが健康的な美の特徴かも知れない。

味でも、お祭りの焼きそば、お好み焼き等の、健康的ではない美味しさと、
出汁をとった丁寧な健康な美味しさがある。
音楽にもそれはある。
健康的な美しさとは、丁寧に時間をかけたもので、ゆっくり自分の中に入ってくる。
一方で闇の美、あるいはお祭りの味。
それは瞬間的に自分に侵入する。強い刺激だ。
今は美よりも刺激が求められる。
くり返すが、良いものはゆっくり入ってくる。刺激は弱い。
でも、飽きない。
刺激の強いものは瞬間的な快楽を与えるが、すぐに消える。
だから、より強い刺激を求めるようになる。
刺激は実は感覚を麻痺させている。
単純に言って静かになればなるほど、感覚は敏感になる。

健康的な美は、ゆっくりと自分の中に入って来るので飽きない。

刺激を求めるより、落ち着いた普遍的なものを求めよう。
ダウン症の人たちの作品が、そのきっかけになるかも知れない。

さて、今回は上手くいかない時、
いきづまった時どうするかということを考えてみたい。
制作の場から見えることがある。もしかしたらそれで何か言えるかも知れない。
人生、何をやっても上手くいかない時や、
理由も無く流れの悪い時がある。周期もあるだろう。
それから、伸び悩むという事がある。
ある地点で止まってしまう。もっと別のところまで行かなければならない事は
感じていても、どうしていいのか分からない。
そういう時、どうしたら良いのだろう。

すべてには流れというものがあって、それに逆らう事は出来ない。
逆らえば、余計に悪くなる。
でも、何かしなければならない時はある。
制作の場での実践を考えてみると、どんな時でも良くする工夫が必要だ。
流れが悪い時はある。良い時は本当にみんなが良いのだから。

具体的な例はあげられないが、あくまで例えだけど、
席替えをするとか、使っている道具を換えるという発想は良いと思う。
経験的に言えば、これだけで何かが変わる事は確実だ。

その事を日常生活で言えば、今までと全く違うものに触れてみる。
使ってみるということだろう。
服や身につけるものや、使っているもの、もっと大きなところではすむ場所。

それで、流れは変わる。
何故なら、何度も書いて来たが、人は響き合う存在だから。
人は環境と関係で出来ている。
個性やオリジナルという事に拘りすぎると、それが見えなくなる。

難しい問題だけど、放射能が心配でも土地を離れられない人がいる。
それは仕事や生活だけの問題ではない。
外から見ていれば、安全な場所に避難すればいいと思うだけだろうが、
当人からすればそうはいかない。
人がその土地に住んでいると思っていても、
実はその土地がその人を作っていたりもするからだ。
お断りしておくが、だからその土地にいるべきだと言いたい訳ではない。
土地と人を切り離して、単純に議論出来ないと言うことだ。

良くなろうと思ったら、良いものに触れる事。
レベルを上げたければ、高いレベルのものを見たり聞いたり、
体験する事。尊敬出来る人と過ごすこと。

もし、自分が人に対して何か少しでも良いことができたら、
それは自分が良いものや環境に触れて来た結果だ。
だからおごることも無い。
反対に能力が足りなくても、自信をなくすことも無い。
まだ出来ないのは、そういった環境や人に自分が出会って来なかったから。

そうやって人は響き合って循環している。
良いサイクルを生み出すことこそ私達の使命であるはずだ。

僕自身の話だけど、制作の場において、
少しは人に良い影響を与えることが出来る。
それは、僕自身が良いものを人や環境から与えてもらい、
見せてもらい、経験させてもらって来たから。
いっぱいもらったからだ。
良い経験を重ねることで、現場での自分が少しだけ良くなる。

上手くいかない時は、自分より遥かに上のものや、人や環境にふれ、
学ばせてもらう。

極端に言えば、靴を替えるだけでも生活は変わる。
歩き方や感触が変わり、見える景色が変わってくる。
作った人の技や人間性から、自分にない世界が見える。
その結果、食べるものへの意識も変わり、人に接する姿勢も変わる。

だから、自分の仕事にしても、どんなに小さなことでも、
良いものに変えるきっかけになっている。
それを自覚して良いものを作る。場を創る。

それが今すぐに出来ること。いつでもどこでも出来る良いことだ。

書いている人

アトリエ・エレマン・プレザン東京を佐藤よし子と 夫婦で運営。 多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員。