2015年9月15日火曜日

遥か彼方

空もずいぶん高くなった。
夏は遠く行ってしまった。
夕方から聴こえてくる虫の音。
透明な光。

信州に居た頃はよく、田んぼのあぜ道から夕日を見た。

怒濤のごとく過ぎ去った日々。

平日のクラスでは、この時期は割と静かに過ごしていて、
みんなの穏やかな表情が掛け替えのない時間を写す。

作家達の生きている世界では、今と言うものが全身で感じられている。
そんな風に僕らも生きてみること。

今と言う時間を、そこで起きていることを、
しっかりと、そして深く、よーく見て行こう。

いずれ全ては過ぎ去る。
去って行った時にしか見えて来ないものがあり、
むしろそちらの方が大きいことを知っているから。

皮膚がヒリヒリと痛みを感じるような、
そんな切実な実感の中で生きていたい。
例え傷つき、疲れ、失望しようと。
絶望しないために希望を抱かないのは、つまらないこと。
別れの切なさから出会いを避けるなんて、それでは何故ここに居るのだろう。

深く深く向き合う程、喜びも悲しみも大きくなるものだ。

どんなものであれ、そこにあるものを愛して、よく見る。生きる。

僕達はずっと途上にいて、あるもの全てが仮のもので、
今こんな風に掛け替えのない輝きの中にいるのだから。
そしてそれら全ては消えて行った時に本当に生きてくるのだから。

大切なものが目の前にあり、それを噛み締めて、その流れの中に深くあること。

僕らは制作の場と時間の中でそんなことを学んで来た。

最も透明になる瞬間、場はこの世の全てを見せてくれる。
自分から離れて、全てが見渡せる場所に立たせてくれる。
遥か彼方からこの世界を見つめる視線。

そこから見たとき、これまでよく見て、よく生きた現実は全て今でも輝いている。

そこから見た時、存在する全てが透明に輝く。
どの時間もどの空間も、あらゆる場所と瞬間がその場に同時にあり、
同時に動いている。

僕達はみんな今ここにいて、この世界を生きていると同時に、
遥か彼方に立っている。

だから、辛いことも悲しいことも含めて、
深く向き合って深く生きて行こう。
決して明るくないこの現実の中で、それでも目を背けず、
何が起きているのかよく見ていよう。

自分のいる場所とそこに居てくれる人達を大切にしよう。
一度しかない時間の中に居るのだから。

書いている人

アトリエ・エレマン・プレザン東京を佐藤よし子と 夫婦で運営。 多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員。