梅雨時期のアトリエ。
昨日は雨がしとしと降る中で、相変らず元気いっぱいなクラスだった。
午後クラスの後半、最後にてる君とすぐる君の男子2人になってから、
向かい合って静かに描く姿が良かった。
これぞ、制作の時間という感じ。梅雨の雨も静けさに一役かって、
とてもすてきな光景。
やっぱりさすが、てる君と思ったのは、後半疲れて来てから、
「僕はいつもいっぱい描いてるから今日はもう終わりにする」という。
時間の連続の中で制作が染み込んでいるな、と思う。
これまで描いて来た時間と、今の時間がしっかり重なっている。
でも、「やっぱり描きたい」と言ってもう一度はじめる。
紙の上の方から、四角や様々な形を重ねていく。
半分まできたところで「おてて疲れた。」と言って真っすぐな線をひきはじめる。
それも綺麗なのだけど、上の形ほどの純度はない。
疲れたから、今日は下の方は線でうめていくのかなと思うと、
二本線をひいたところで、筆を止めてお茶をのみだした。
しばらく休んでから、ちらっと画面を見直して、もう一度描き出す。
上の方の様々な形もその下の二本の線も活かして、
初めからこういう作品に仕上げるつもりだったのでは、
と思えるような完成された作品を描きあげる。
彼には本当に見えているし、分かっているのだなとあらためて思う。
アトリエが終わった後、ゆりあと2人で絵具の箱を入れ替える。
筆もこびりついた油をカッターで削った。
全部終わったのは夜だった。
つくづく良い仕事がしたい、と思う。
このブログではこれまで「肯定」を語ってきたと思う。
時には矛盾や葛藤や批判も書いた。
でも、前提としては「肯定」の考えを書くようにしてきた。
その事に今後も変わりはない。
でも、今日は「肯定」を語らないで書こう。
絶えず正直でありたいからだ。
僕は自分の仕事に満足したことはない。
いつでも自分のマイナスがはっきりと見える。
だから、努力を重ねる。
これまで、そんなことはなかったが、最近は自分を持て余す事がある。
こんなものじゃないはずだ。もっと先へ行けるはず、という思いがある。
このレベルで留まってはいけないと感じる。
そういう意識のスピードが早くなっている。
自分が自分についていけない。
ここまでやってきて、出会いたいと思っていたことに出会えた。
知りたいと思っていたことを知ることが出来た。
見たいと思っていたことも見えた。
更に先も必要な手順を踏んでいけば、ここまでいけるという地点が見える。
見えれば見えるほど、分かれば分かるほど、
それでいいのだろうか、と思ってしまう。
見え過ぎたり、分かり過ぎたりして、いきづまることもある。
伝えるべきこと、知ってほしいことは、
現在僕が伝えていることのもっと先にあるような気がする。
そこまで行かなければと思う。
自分に対してお前はまだそこに居るのか、
そんな次元で留まっているのか、と感じたり。
まあ、こうして次の段階が見えてくるのかも知れない。
これまでの段階は終わっていいのだと思う。
10年後にもっと違う深さを知っていたいと思う。
変えてはいけないところはベストを尽くすということだけだろう。
手探りで次の段階を探していく。
制作の場での自分自身も日に日に変わって行く。
やっぱり面白いなあ、という結論ではある。