2015年7月18日土曜日

雲の隙間

制作前なのであまり時間がない。

大きな台風が時代の不穏な空気を暗示するようだった。

何かのため、誰かのためには、怒ること、抵抗することも必要だ。
今はそのことを思い出す時。
安保も原発も大きな流れの中でうやむやにされないように。
このまま行くと滅ぶという危機感を持ち続けなければならない。
大切なのは次の世代に何を残して行くのか。

男達の勘の悪さにはあきれるばかりだ。反応が鈍すぎる。
勿論、そうでない人達も沢山居るけれど。
でもこういう生命に関わる場面においては、
女性達の方が遥かに敏感だと最近特に実感する。

久しぶりに尊敬している方と長い時間お話しした。
こういう方達を見ていると本当に励まされる。
一つだけ。大切な言葉を。
本当のものはあまりにも普通すぎて多くの人に気づかれない。
だから評価されるものは良い悪いと関係なく、
目立つものインパクトのあるものだ、と。
そのとおりだと思う。
この普通すぎて気づかれない、というこのレベルの仕事をしたい。

いろいろあったけど、僕は良い場を目指して行く。
一回一回の制作に命を吹き込んで行く。
それが全てだ。

どこかで読んだので、間違っているかもしれないが、
ヴァイオリニストのチョンキョンファの言葉。
「私は学びの途上にいます。一つ一つのステージに命を賭けます。」

あの崇高な音は、この覚悟から生まれている。

今、大切なのは次の世代に、本当のものを知る経験や、
本質に触れる時間を、そのための環境を残して行くことだ。

大人はいつでも、仕事に向かう姿勢を、
生きる姿勢を見せて行かなければならない。

しばらく、内側から見えてくる情景を書いて来たが、
今回は外面的と言うか、外を問題として書いた。
責任ということも考えた。
またこれからも内面のことを書く。
そちらの方が僕達の仕事の部分だと思う。

グールドの演奏を沢山聴いた。
小プレリュードと小フーガ集は、グールドのスタジオ録音の中で最も好きなもの。
グールドは若い頃のライブの方が良いと思う。
でも、この作品は別格。
バッハの作品の中でも、演奏する人は少ないが、
ゴールドベルグや平均律クラヴィーアよりこっちの方が好きだし、
傑作だと思う。シンプルだけどエッセンスが詰まっている。
多分グールドもこの曲集が特に好きなのだと思う。
だから真面目に弾いている。
正確なリズム、明晰な構造、音の重なりが、螺旋のように刻まれていく。
まさしく宇宙の秩序のように。
いつの間にか人は消え、構造だけがそこに残る。
折り重なった音が快を与える。
我を忘れる、という気持ち良さ。

制作の場でもそうだけど、僕達は調和に向かって行く。
向かって行くのだ、ということは忘れてはならない。

今起きていること、そこに本当に向き合う必要がある。
戦争に反対したり、誰かを批判したりしているだけでは意味が無い。
平和と言うもの、調和と言うものも、選択し、意志を持って、
主体的に向かって行くべきもの。
争うのにある種の能力が必要なように、平和にも能力が要求される。
ぼーっとして放っておけば平和だと思っているのは、
それこそ平和ぼけと言うものだ。

そして、一人一人が理想を、平和を主張だけではなく、
実践、実証しなければならない。
今立っている自分達の世界において。

僕達は今日も場へ向かいます。

書いている人

アトリエ・エレマン・プレザン東京を佐藤よし子と 夫婦で運営。 多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員。