去年の暮れに中原さんから頂いていた映像を、
ようやく見ることが出来た。
東京都美術館で行われた最後の公開制作の記録だ。
見るまでにも時間がかかったし、これについて語ることを控えてもいた。
語る準備がやっと調ったというよりは、覚悟が決まったと言うべきか。
同じく東京都美術館で行われた、「楽園としての芸術を語る」という講演において、
僕達の仕事の核心に触れる対話が行われている。
この時、僕は殆ど真っ正面から語っていたが、
一つだけ曖昧にしたのが9月9日のことだった。
中原さんからその日の場についてふられた時、ちょっとだけはぐらかしている。
何故、そうなったのかと言うと、語ることに躊躇があったこと、
それから終わった現場を特別視することは最も避けなければならないことだから。
それでも書いておくべきことだと思うところがあって、
この時期になってしまった。
ここに書き終われば今後はもう語ることは無いと思う。
何よりも自画自賛と誤解される恐れもある。
最初に一言だけ言うなら、現場においては自分というものは素材にすぎない。
従って場の中の自分を僕らは客観視しているし、
そこでの自分を褒められようと貶されようと、あんまり気にならない。
特に僕の場合は場の中の佐久間は別の人間のようなものだ。
この日に至るまでの佐久間個人のストーリーが色々あって、
そのプロセスも結構面白いが今回は書かない。
もう一つだけ、こうしてあの場について語れるのも中原さんが、
映像に残してくれたお陰だ。本当に深く感謝。
映像自体も素晴らしい。
さて、本題だ。
9月9日、スーパームーンの日。
特別な時間が流れていた。
「場」と呼ばれて来たものが、多くの人の目の前に存在していた。
創造性とは何か、美とは何か、関わるとは、繋がるとは何か、
生きるとは、生命とは何か、自然とは何か、
その一つの答えであり、最もシンプルな形で見えたのがあの場だった。
創造性の源に触れて行くことがどんなことなのか、
その厳粛な営みは本来は人目にさらされるものではない。
その日はいとも自然にそれを見ることが出来たと言える。
恐れることなく素直に、かつやさしく、
てる君は深い部分に軽々と触れて行く。
それを受けた佐久間は躊躇することなく「当然だよね」と答える。
そこから行くのね、じゃあもう奥まで行っちゃおう、というように。
筆は意図することもなく動き、自然に色が重ねられて行く。
2人とも自分が消えてなくなっている。
ただひたすら生命と美の仕組みに従っている。
極めて繊細な場面がなんの危うさもなく、淡々と進められて行く。
2人はただ身を任せているだけで、
美も深い繋がりも仕組みそのものから生まれて行く。
これこそが本当の意味での描くことであり、生きることだ。
あまりに素晴らしくて映像を見ながら感銘を受けた。
佐久間の動きはほぼ理想的なもので、重力感もなく、そして透明。
命を投げ出す強さと、素をさらす勇気、それに素直さと謙虚さ。
装うことなく、何の見栄もはったりもない。
そのまま、まっさらで、しかも微動だにせず且つ柔軟だ。
この日の佐久間は明らかに「場」への感謝が表情に現れている。
それに、これまで様々なことを経てここへ立っている、という存在感。
ただ居るだけで、ただ立つだけ、ただ座るだけで、勝負は決まるという話の、
実践例とも言える。
2人とも浅いもの表面的なものが出て来ない。
最後までこれで行くと決めたかのように。
小手先の技術は一切使わない。
素と素が触れ合う。魂が響き合う。
美は溢れ続ける。誰のものでもないものとして。
僕達は草や木の様にただ、そこに漂っている。
風に吹かれている様に、川が流れるように、海の波のうねりのように。
場の意思に従う。
佐久間は完全に何かに動かされている。意思も意図もそこにはない。
こうなれるところこそが佐久間の良さだ。
これがあるから佐久間の入る場は特別なものになって行く。
外で話している言葉の数々は、この場に立つ一瞬に遥かに届かない。
3時間半を超える時間が静かに流れて行った。
ある方が感想で話してくれたことだが、
あれだけお互いを大切に丁寧に接し続けて、終わるとさっとまたね、
で離れて行くことが印象的だったと。
深いものを共有するということはそういうことかも知れない。
あなたたちの場は輝かしい。あなた達は生きている。
本当のものを知っている。
9月9日は2人で場に入っていたけれど、
実はそこには多くの存在が居た。
本当にその場に無数のそういう人達が、これまで場を育ててくれた人達や、
佐久間を創ってくれた人達が、その場で生きていた。
僕達は主張するよりも、そして批判するよりも、
批判に答えるよりも、こうしてやってみせる、実際に形で見せる。
これが僕達の回答だ。こういう世界が本当じゃないですか、という。
やってきたことすべてが間違っていなかったとつくづく思う。