2012年10月30日火曜日

こころが動くとき

急に寒くなって来た。
今月もブログの更新が少なくなってしまって反省。
ちょっと年末まではこれくらいのペースになってしまうかも。

さて、先日はラジオでもご紹介していただいた。
高橋源一郎さんにはご理解いただいた上に、本当に熱心に伝えて下さって、
感謝以外に言葉がない。

多くの方が関心を示して下さっている。
ご期待に応えられるよう、変わらない良い場を創り続けたい。

ドキュメンタリーの取材も入っている。
長期での撮影なので、まだまだ先になるのだろうが、
今度はどんな風に取り上げられるのだろうか。

映像も音声も、残念ながら本来の場を再現することは出来ない。
そこに確かにあったはずのある大切なものが消えてしまう。
それは本当に不思議なことだ。

例えば先日のラジオの場合、言葉を交わしている人達の表情は見えない。
でも、映像でその表情を撮影すればそれで再現される訳ではない。
大切なのはどのような方法も、
そこにある一部の要素をのみ拾うことが出来るということを自覚すること。
一部でもそれが何らかのヒントになるし、
そこから伝わる部分も大きい。

今回の場合は会話に焦点が当てられていたので、
その部分を切り取っていただいた訳だ。
当然のことだけれど、制作においては会話がすべてではない。
むしろ、言葉を必要としないことの方が多い。
ラジオで登場しただいすけ君とのやりとりにしても、
大事なのは彼が別にしゃべる必要がないということだ。
その場では彼の表情で気持ちが通じ合っていて成立している。
何か言ってよみたいな会話があったのは、
あれが彼とふざけ合う時に良く通じるからだ。
別に何かを言って欲しい訳ではない。
彼がテレて笑って、喜んでいるのをみんなも見て、
そこでそれぞれが楽しい気持ちになっている、というだけだ。
あの日は結果、彼から言葉が出た。
だからといって、それを目標にしていた訳ではない。
こころが動いていればそれでいい。
その意味では最初から彼のこころは動いている。
こころが動いていれば、良い関係が生まれ、良い場にもなる。
こころが動けば必ず良い作品が出来る。
みんなに聞こえる言葉が出て来たのもこころが動いていたからだ。
アトリエに入ったら、最初から最後まで楽しく、
そして深く制作して過ごす。
ゴールを目指して試行錯誤することはない。
どの瞬間もそこで完結している。

普段のアトリエでは静けさも大切な要素だが、
そこにある気配のようなものは映像にも映らない。
全員が一言も言葉を発しないで、深い創造性に浸っていることもある。
そんな時の彼らは、本当に凄いが誰も見たことがないと思う。
是非、知ってほしいが、見せることは出来ない。

まずはどんな一部でも良いから、彼らの魅力に出会って欲しいと思う。
そのために次は安定した場所を創っていくことから始めたい。

こころが動いているという表現を使ったが、これは重要なことだ。
人のこころは止まることがある。動かなくなることがある。
固まったとか、凍りついたとか。
恐怖や緊張、怒りや悲しみによってこころの動きが止まる。
固まるから、滞るから、動きが止まる。
だから、必要なのは解していくことだ。
固いものは動けない。やわらかくしていく。
こころが動いていれば、難しい事があっても解決していく。
例えば、感動というのも、つまりこころが動いたということだ。

人のこころも自分のこころも、動いているのか固まっているのか、
良く感じてみることが大切だ。
特にこころが動かなくなっている時は、そのことに気がつかないから。
こころが動く為には良いものに触れる、良い場に入るしかない。
でも、それさえしていればこころは動く。

書いている人

アトリエ・エレマン・プレザン東京を佐藤よし子と 夫婦で運営。 多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員。